大切なものは目に見えない

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先週2回『海獣の子供』を映画館で観た。1回目はひとりで。2回目は中学生の子どもと2年生の子どもと。どうしても、もう1回映画館でみたい、と思ったところに近所でまだ映画が終了せず観れることがわかり、七夕の昨日、子どもたちと観に行った。特に中学生の子どもはこの話はわかるし、好きだろうと思った。

 

毎日毎日、目に見える何かに追われて、私は過ごしている。子どもの行事、家の中の洗濯や掃除、子どもの持ち物の準備、宿題チェック、食事の用意。地域のボランティア活動に仕事。自分のダイエット。

そのほとんどは目に見える。それらを調整し、毎日過ごしたりやり切ったりしながら生きている。

 

でも、どこかで、私は目に見えないもののほうを重要視して生きている節があって。

1日に何回か、目に見えないものをきちんと扱えていない自分に、ふーっとため息がでてやりきれない気持ちになる。

 

ここのところ週末の雨が続き、仕事が休みでもボランティア活動に、夫婦ともに忙しくしている中で子どもの定期テストが終わり、朝晩、休日の部活、平日になると元気だけど体に出てくる発疹や、下痢や熱がないが腹痛を訴える末っ子の対応に、心を痛めたり、夫婦それぞれが会話をしたり、体、仕事、ボランティア活動を調整しながらも、進めている。

 

本当は全部止めてしまいたい、でも、その中で止められるものは何なのか?を考え、動かすことを動かし、止められるものを止めている。

 

そんな毎日を送る中みた、海獣の子供

そこから私が受け取ったメッセージは、

『信じてあげよ。●●を。そして自分自身を』

 

ほとんどはここに尽きるのでは・・・と思った。

目に見えることを進めるのも、止められるものを止めるのも、

相手を信じること。そして自分を信じること。

 

この2つができればどちらもなんとでもなる。

 

信じることができない=自分を信じていない

 

そして自分や相手を信じないで生きる生き方しか今まで私は、教えてもらってないのではないかとも思う。自分を信じて相手を信じる。

 

ここから生きたらどうなっていくか、どう人とつながり、どういう変化がおきるか、

これまた言葉にはならないし、目にはみえないかもしれないけれど、未知への入り口に立ったような感覚です。

 

米津玄師の主題歌が素晴らしくて、歌を聞いても心の震えが戻ってくる。

大切な感覚を呼び戻すことができた映画でした。

 

 

 

ナチュラルクリーニングできるかな?

今月を学び月間と決めていた。

学んだことに、ナチュラルクリーニング、掃除編と洗濯編があります。

第一子がうまれると知った13年前から合成洗剤でなく、洗濯石けんを使っている我が家。

ただ、本当の正しい使い方を知らずに、普通の洗剤として使用していました。

 

第一子が、中学生になり、学校の校内服となる、紺のジャージの素材が、乾きやすいポリエステル100%。

 

最近、ドラム型から再びタテ型の洗濯機に戻した我が家は、洗濯石けんではどうしても、そのジャージに汚れが集まっているようで、洗いあがりが汚いのです。

 

洗濯は夫の役割である我が家ですが、家事で新しいことを導入するのは私の役割。

掃除編にリアルで研修参加後、洗濯編はオンラインで受講しました。

 

お湯でつけ置き後洗うことが、大切と知りましたが、洗濯機はお湯が出るわけではなく、しばらくは通常通り、合成洗剤で洗濯していました。

 

今日、やっと、やっと、洗濯槽を掃除し、(台所からたらいでお湯を運んでいれた)念願の洗濯石けんでのお洗濯を復活しました。

 

我が家の洗濯機、40度までは水を温めることができることがわかったので、理想の50度には満たなくても、水よりはよいかな?と、自分で洗濯機を使いこなし、ルーチンにできる方法を探していきます。

 

今週唯一の休みは、洗濯槽の掃除と末娘の髪を切りにいく(小学校のプールがはじまり、長すぎて本人が扱いにくいため10センチほど切りました。)タスクを完了しました。

 

夫不在の週末は、近場で過ごす我が家です。

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公務員ボランティア⭐︎

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今週は仕事しながらもやりたいことを全部徹底的にやると決めてやりきった。

今週の締めは、青少年相談員の研修会。

 

千葉県からの委嘱の青少年相談員は、位置づけは「公務員」そしてボランティア。

大学時代、町役場でのインターンシップと、ベンチャー企業でのインターンシップを経験したわたし。マインドとしては安定志向で社会貢献できる公務員希望だったが、両方のインターンを経験して、あの混沌とした忙しさと自分がチャレンジしてどんどん変えていける環境があるベンチャーの方がワクワクしたため、路線変更。町役場は動きがスローでちょっと物足りなさを当時感じました。結果、いつも立ち上げのにおいがするところ、割とトップに近いところで働かせてもらっています。

 

そして、今日、研修で『青少年相談員は、公務員です』という響きにキラーン⭐︎

 

かつて、憧れた『公務員』に『ボランティア』で関わることになっているではないか!?

 

今回、PTAの代わりの役割として、たまたま手を上げた青少年相談員

それが、たまたま立ち上げの年で、たまたま、公務員ボランティアだった。

 

20歳から58歳までの方(50代男性もかなり多い)ふだん若い組織で働いている私には、未知の世界ですが、10年以上この仕事をしている方もザラで、かなり親父的なノリですが、みんないい方ばかりです。帰りに雨が降っていて、お隣の市の会長というかたに女子2人送ってもらいました。その方も福祉関係の方でした。

 

午後は、ボーイスカウトガールスカウトの講師の方もいらして、『アイスブレイク』の研修

 

大人たちも子どもと同じようにゲームを通して、目と目を合わせて、ネコになりきって同じグループの方を探したり、声を出さずに誕生日順に輪になったり、リラックスしていきました。他にもアイスブレイクの実例を皆からの案でいくつも学び、実践しました。

 

今週は私は、研修ウィークで、私たちになにが必要だろう?そう真剣に考えて、研修内容を考え提案してくださるそれぞれの研修担当の皆様の素晴らしさに、満足と感謝をした1週間でした。

真剣に受講者のことを考え、知っていることを分かち合ってくださったこと、ありがとうございました。

さて、受講したことを、これからどう活かしていこうか?

 

その前に少々詰め込んでお疲れなので、休息も意識して取りたいと思います。

 

 

ぽっこりお腹を手放してもいいと思った話

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明日は夏至

夏至の瞑想会に参加した。朝から冷えたメロンを一口食べたら、お腹が冷えて、腹巻をして出勤→お出かけ。

 

今晩の夜12時すぎに夏至を迎えるらしい。

 

誘導からじっくりと瞑想に入る。

ずっと私は眠たくて講演も瞑想もほとんど寝てました。

 

昨年8月から今年の2月にかけて、ダイエットしたが、どうしてもぽっこりお腹を手放したくなくて、13キロの減量後、3キロ増加していた。

 

今日はそんなお腹がどうしても気になって、瞑想中になでなで。なでなで。

私が大切に温めていた私のお腹にぎっしり詰まったなにかが解放されました。

 

ぽっこりお腹は私の安心の源でした。

なくなると不安だったのだなぁー、でも、もうなくても大丈夫だよね?ぽっこりお腹。

赤ちゃんがいるわけでもないし。

 

不安から私を今まで守ってくれたぽっこりお腹、バイバーイ。

私はこれからはぽっこりお腹なしで生きれます。今までありがとうね😊

 

伝わった!嬉しい(^^)

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伝わった!ぴょんぴょん跳ねるほど嬉しかった。

 

先日、あることが、ないことになっていることに憤りを感じて、そのことをLINEでコミュニケーションした。あることがどこにも存在していないことに違和感を感じる。と。

 

あるけど、そこには存在させると混乱すると思って、存在させていなかったということだった。

それを聞いて、たしかに、混乱するかもと思った。

 

そこには必要ないと私も思うけど、あるのにあることさえ、どこにも記されていないことに、ずっと違和感がある。どこかに存在させてほしいと伝えた。

 

翌日、こういう風に存在させようと思うと、提案があった。嬉しかった。ぴょんぴょん飛び跳ねるほど。

 

忘れられてない。ちゃんと伝わったんだ。

とても嬉しい気持ちだった。

 

LINEでも伝わる

憤りも憤りとして伝えなければ伝わる

伝わると嬉しい

 

今日はそんな嬉しいの感情の体験でした😊

 

感情の機微を表現していく

最近わたしのテーマとして現れた「機微」ということば。妙にこの言葉をきいたときに、そうだ、私が扱いたい、そして寄り添いたいのは感情の機微だとどこからか、降ってきた、降りてきた感覚があった。

 

機微と聞いて、漢字はどんな漢字だっけ?と調べたのですが。。ね。

 

今日はマンツーマンの病児保育。マンツーマンが私にあっている。一人にがっつり寄り添える。病児保育をしていると、お熱が急に上がっていくときのなんとも言えない不安定さを経験することがある。だいたいのことは対処できると思っているし、ひとりで保育していても大丈夫!という何というか、自分への信頼や、子どもの生きる力への信頼、助けを求める体制の確保ができているという背景はある。

わたしには、ちょっとした心配や、この状態でお預かりスタートしたら、もう間も無く熱があがってくるだろうな、という勘みたいなものがある。

お昼くらいにお熱がマックスまであがってきたとき、

自分が心配したり、不安に感じていることをなにも、感じないようにしていたなぁと、他の人が来てくれたときに、気づいた。わぁーって、でてきたものがあったのだ。

 

これらを感じて表現していくことが私のテーマなのかも?!どうやらそうみたいだ。

 

いつ頃から封印していたのかな。感情を感じたり表現することを。

第二子産後くらいからのような気がする。

全く封印していたことに気づかなかった。割と扱えているつもりだった。

感情に気づくときは、だいたいが怒りの感情だったから、感じてはいけないし、出してはいけないとしていたのだなぁ。と。

 

でも、怒りの裏には悲しみがあるよね。

本当には怒りの裏にある悲しみがあることを怒りを感じないようにすることで気づかないようにしていたんだなぁ。

 

そんなことを考えていたら、またイラっとすることが起きて、でもそれはちゃんとコミュニケーションできた。

 

「あるものがないものとされていた」ことだった。

あるものはちゃんとあると、してほしい。そこにあるのだから。存在しているのだから。

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全世界に対して私自身の心からのお願いとして、そんな願いがあることを知った今日。

 

 

 

 

からだと繋がる感覚大切にしよう

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いつもいかない街へお出かけ。

子どもの食事、栄養について学ぶために行ってきました。

 

年齢が違う子どもたちの食事には、いつも漠然とした不安がつきまとう。

自分も食事がワンパターン化していて、ときめかなくなってきていました。

器用でないため、パパッと一汁三菜思いついて、できるわけでもない。

 

新たに学んだことはこの2つでした。

ごはんの精米を自分でして、(6分からはじめて目標2分)少し栄養が残った状態のものを食べること

調味料は栄養と考える(しょうゆ、味噌、砂糖、塩、油をちゃんとしたものを選ぶ)

 

この二つを満たし、必要なタンパク質、糖質、油脂をとればいいということがわかりました。

 

あとは子どもたちに合わせて野菜の煮具合をかえたり、具の組み合わせを色々お試しして子どもが食べやすい状態にすることが大切だと知りました。(→低学年の子どもたち)

そして、自分のおやつについて、食べたいもの食べようよ!って。

 

私の場合、頭で考えやすくて、からだに繋がりにくいです。

 

何を食べたいか、食べたか。

そのとき、翌日からだの感覚はどうか?

 

手は?足は?首は?

胃は?目は?頭は?

 

からだをつくる食事のこと、色々試して、自分のからだの感覚を感じられる時間を毎日作ろうと思います。

 

基本的には私の親がやっていたこと、夫の親がやっていたこと両方合わせれば、全て子どもたちのための食事は実現可能なことで、両家の親に感謝しました。食べることは生きること。それらを時代や環境に合わせて続けてくれた親にありがとうと思いました。わたしたちもこのまま続けていきたいなと思います。