やっぱりひとりがいいけど怖さもある。

今日は休日で朝から子どもたちと夫と過ごしました。

午前中は、4月から小1になる末っ子と通学路を歩く練習をするため、子ども3人と共に小学校までウォーキング。

 

行きも帰りも案の定、歩かないとしゃがみこむこと数回。

途中泣きながらも、何とか歩いて帰りました。

 

午後は、お友達のお誕生日プレゼントを探しにいく長女に付き添ってまた子ども3人と共にららぽーとへ。

 

中高同級生が、北海道十勝の物産展に出店していてお顔拝見できました(^^)美味しいビールとチーズケーキをお持ち帰り。ありがとう♡再会嬉しかった♡

 

デンマーク行きについて、夫や娘たちと話しをしているのですが、、一緒に共有したい気持ちはありつつも、私は自分のためにいま行く必要性にかられており、正直子どもたちや夫について、行く方がいいのかはわからない。そして自分についても、行ったあとどうするのか?は、わからない状態。

 

ただ、自分は行くべきだと魂から教えられているかんじです。

 

下の子二人は、ママとがいいというけれど、私はひとりがいいのではないかな?というところに一日ぐるぐるして戻ってきました。

 

そしてひとりで知らないグループに飛び込む怖さもあります。

 

それらを踏まえて決断していきたいなと思います。

 

だれかと一緒にっていうのは、物理的に一緒でなくても一緒にいれる。決断までの過程のコミュニケーションや帰宅後や行く前の自分のあり方で、場を共有できるのでは?とも思います。

 

私の変化が、家族や周囲の方々に与える影響もあるのかな?と。そしてきっと今の私は、感じたことや学んだことを伝えられる。はず。

 

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『今、だれかと行動せずにはいられない気持ちになること』あるんだね。

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『今、行動せずにはいられない気持ちになること』

 

第一子出産後から、子育て支援の仕事をしていて、

自分も子育てをしていて10年前よりはずいぶん子育てしやすい

世の中になっているなーと10年過ぎた現在、思いながらも、

いつも自分の第一子には、その欲しかったやあったらよかったが、

間に合っていない感覚もありながら、毎日を過ごしている。

 

第一子に間に合わなかったなと思うところは、

もうすでにそのことはほかのだれかが進めてくれている。

第二子には既に用意されていることが多いように思う。

 

第一子に間に合わなかったけれど、そのおかげで助かっていること。

「まだ子育て家庭の母数が少なく、少人数で和気あいあいとしてものごとが

新たにすすめられていたこと。」に、目を向けると、今度は子どもの数が

当時の数倍になっている下の子どもたちの現在と未来を案じてしまう私がいる。

 

どうやら少人数であることが、私にとってはキーワードのようだ。

子どももいまのところ、第一子、第二子は、少人数であることを好む体質にある。

第二子は、子どもたちが100人単位で入っている学童には行きたがらず、

ほとんど姉と帰宅して自宅で過ごしている。

 

昨日から子どもたちと夫へデンマーク行きについて、を熱くプレゼン。

「ぜったいあやしいって。」という夫を「私もあやしいからね、

子どもたち全員連れていくなら、私だけではいけないから来てほしい。」と、

議論を重ねています。

 

私は私ひとりでも行くと決めているのですが・・・ね。

 

こんな風に「今、行動せずにはいられない気持ちになること」

 

子どもにかかわる社会問題についてシェアをする。

子どもにかかわる社会問題に対して、寄付をする。

じぶんとつながる活動をしはじめた人を応援したいという気持ちのいいね

 

など、すぐに個人でできることは、行動できるのですが

他のだれかと一緒に今したいことは、なかなかすぐには

すすめられません。

 

「誰かと共に今行動したいことをやっていく。」

これが今年のこれからのわたしのテーマになっていきそうです。

 

 

感性育てる子育てをしたい

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学生時代には外国にも、よく行っていた。

アルバイトしては旅行しての繰り返し。

 

社会人になり、子育てをしはじめてからは、パスポートすらない状態が

続いている。かれこれ18年。

 

そんな私がどんな子育てをしたいかというと

・感性育てる子育て

・その子どもがやりたいなと思うことがいつでも始められる環境を作れる子育て

 

子どもには、社会や未来とキラキラした目で関わって欲しいと心から願っている。

 

今は、習い事でその子その子の感性が育つ習い事をして、補っている。

子どもによって習い事の内容はそれぞれだが、3人分全部書き出すと以下だ。

 

・ダンス

・ミュージカル

・ピアノ

・自分共創塾

・空手(護身)

・英語(スピーチ)

  

ダンスで表現をすることにたけている子もいれば、自分の感情と向き合うことやひとりで好きな曲をピアノで表現することにたけている子もいる。歌や劇、空手の動きを好む子もいる。

 

小学校のお勉強も、私は子どもに勉強を教えるのは上手じゃないので

学校がその部分を担ってくださり、本当にありがたく思っています。

 

でも、実際は習い事の負荷が大きいと感じていて、

本当には、学童や放課後子どもたちが過ごす場所で感性育てられる活動が

自然と自発的にどの子どももできる環境があるといいなと感じている。

 

そのきっかけとして、デンマークの子育てと教育、生活を味わい、学びに行きたいなと考えていまして。

もう、私はうずうずしてます。そして、今日その説明を聞いたら、私も行きたいけど、子どもたち全員と一緒に行きたくて、そしてその場を夫にも一緒に行って共有してほしくて。

 

今日はそんなところにいます。

そして、ずいぶん私も独特な世界観をもった、ちょっと周りからみると変わった人

なのかもしれないと思ってきました。いままでずーっと普通を目指してきましたが全然普通じゃなかった。

 

また明日を迎えるのも楽しみです。

 

子育てなのに自分育て

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私が所属しているグループに自分共創塾というグループがある。

小5以上の子どもとその家族が集うグループだ。

 

そこでは、オンラインとリアルの場でセッションが行われ、

おとなもこどももそれぞれがいま、あることの話をする。

話したくなければ話さなくてもいい。

自由に生きて表現をする、おとなに子どもたちが出会う場もある。

 

リアルの場には行けたり行けなかったり、行かなかったり

ZOOMもリアルタイムではその場に入ったり入らなかったり

入らなかったときは、録画を見てキャッチアップ。

 

様々な形で知恵を共有していただき、

とても器用に子育てできるタイプではない私でも、

オンラインとリアルの場両方があり

かつ、子どもと共にその場にいられる、かつ

本当に今あることだけを話している場である

 

という、その時々で、一番自分にとっていやすい形で居させていただける、

そして最も今まで欲しいと思っていた場がそこにはあります。

 

共通のネタで子どもと話をする機会を持てるようになったことも

ありがたい。

 

このコミュニティーに入り、子どものことを扱うはずが、

子どもをどうこうしようとする前に、自分をどうにかしたほうが

親子ともに発展するには近道なんじゃないかと気づいてしまいました。

 

私も自分自身と向き合わざるを得ないことになり、

やっと自分のことをちゃんとみて育てはじめました。

それまでは『はい、私ってこうだよね。そうそうそう。』

それではい、しゅうりょうーでした。

まるで、今週の占いを見て終了するみたいに。

 

ダイエットで自分の腹八分をみていくのが難しい私は、

自分のことをいま私はこんな風に感じているんじゃないかな?とみていくことも

難しいです。

 

私が子どもの中に、いまあることを聞いて、今あるのはこんなことなんじゃないかな?

言語化できるようになる日まで。

 

自分にまずは「いまどんな感じ?」と聞いて答える習慣から

はじめて行こうと思います。

 

コミュニケーションがテーマの最近。

まずはじぶんとのコミュニケーションからスタートしていきます。

 

 

 

 

まだ大変であることを受け入れる。

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昨日は、卒園式後翌日に控えた、

長男、次女、二人のダンス発表会の前日練習へ。

 

卒園式のスーツスタイルの私と長女。

卒園式終了後、ダンスのヒップホップ的な衣装に着替え、エクステをつけ、メイクをした長男次女の手を引き、街を歩き、練習へ。

振り返って二度見を何回かされました(笑)

 

核家族ゆえ、小学校を卒業する子どもがいても、行事は、なにをするのも家族全員で行動の我が家です。

 

同じ学年の子どもを持っていても、自宅に祖父母がいる、もしくはいることがあるご家庭とは、動き方も違うと思います。

 

子どもたちが自分で自分のことができるようになった今でも、同じような年齢の子どもをもつ他の保護者と比べると、まだまだ我が家は大変なのかもしれない。なんだか、余白がないなーと感じるのです。

 

一昨年よりは昨年。昨年よりは今年、楽になったと感じても、まだ、色々な方に卒園では、謝恩会の準備をメインで仕切っていただいたり、事前準備をしていただいたり、アルバムを作っていただいたり、だれかの力に頼り、子どもたちの成長を感じる機会をいただいています。

周りの方々にありがとうという気持ちです。

 

今、私自身の子育てが大変でもあることを自分が認めること、その上で自分のいま、やることをやる。

 

大変なことを大丈夫大丈夫、もう大変じゃないと認めずに進むのは、御門違いだと知りました。

 

大変であることを

受け入れると肩の力が抜けて軽くできる。

受け入れると周りの人への感謝がむくむくとわいてくる。

 

そんなことに気づいたダンス発表会を終えた夜。ほっとしたひとときでした。

 

 

 

旧も新もどちらもよいところ、ある。

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今日は末娘の保育園の卒園式。

園の建て替えを行い、新園舎の隣では旧園舎を取り壊しています。

 

9年間3人の子どもたちと私たち夫婦が通った保育園とも、この3月でお別れです。

長女が転校前には、学童でも育休期間を除いた約2年お世話になっており、

核家族の我が家が夫婦二人で、ここまで3人の子育てできたのは、この保育園と先生方のおかげです。

 

昨日長女が卒業した小学校の卒業証書は、285番

本日末娘が卒園した保育園の保育証書は、2678番

 

歴史の差を感じます。

 

7回目の小学校の卒業式と今日は78回目?の保育園の卒園式。

 

園が2回目の建て替え中ということで、旧園舎が壊されていく様に、毎日悲しく、寂しくなっていたことに気づかされました。

 

旧は、慣れていて、安定感がある
新は、新しく作っていける楽しさ
がある。

 

でも、旧が無くなるときは、すごーくパワーをつかいます。3.11の津波の跡をみているような感覚になります。
新には、割とすっと入れてしまう。

最近疲れていたのは、これだったのだな。と気づきました。

新も旧もどちらもよいところある。
そして、旧から無になるときに、私はパワーを使いやすい。
そんな性質みたいです。

 

今日も1番に登園し、先生方と、先日まで、卒園式のたびに、

「●●家は、まだまだ先長いねー」なんて話していたのがついこの間のことのようです。

「そしてついにこの日がきてしまいましたね」と、朝から泣いてばかりで、出かける前にした化粧は到着直後から、落ちてしまいました。

 

家族全員で卒園式にも参加させていただき、先生方とお友達と過ごせたこの時間はとっても大切な思い出になりました。

 

あと2週間で本当のお別れ。これから、それぞれの道でそれぞれの人生を歩いていく子どもたち。緊張して、がちがちのわが娘。感動して泣きながらも大きな声でお歌を歌うお友達。静かに自分のお席に座ってお歌を歌って見送ってくれた在園児のお子さんたち。がんばったね。代表して謝辞を言ってくださった親御さんのメッセージ。謝恩会での先生方との歓談。謝恩会に先生へのありったけの思いを込めて準備をメインで進めてくださった皆様。すべてに感動・感謝の一日でした。

 

旧から無になり、新になるタイミングは、さみしくはなりますが、旧がよくて新が悪いわけではないですよね。

 

どちらにもよいところはある!旧がなくなっていくこと。旧から無になるときに、パワーをつかいすぎないように。軽やかに見守れるといいな。

 

 

 

 

わたしが違和感と一緒にいられなくなってとった行動が子どもにとっても・・・

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今日は第一子長女の卒業式。

受付で、卒業式が始まる前に読んでくださいと、娘からお手紙をもらった。

『娘からのお手紙~この家族、この学校、このクラスでいられたことが幸せでした』

もう、反則!始まる前から涙が止まらないじゃないかーー。

 

娘は3年生の3学期からの転校で今の小学校に転校。

 

この小学校に入ってから、気の合うお友達が面白いように周りに増えて

最終学年では、クラスには気の合うお友達しか回りにいない状況でした。

お友達の親御さんから

「●●ちゃんと一緒にいくようになってから、(同じクラスになってから)学校が楽しいと言っているの、これからもよろしくね。いつもありがとう」

というお話をいただくことがたびたび。

 

みんな割と繊細で、インドアで、ぱっと見、社交的ではないタイプだけど、

お友達付き合いも大切で遊ぶときは遊びたい。頭ではいろんなこと考えているんだろうな、私からみると、そんな子どもたちです。

 

今思えば、引っ越し→同じ市内での転校 でしたが、このことが

なければ今日この日を迎えることがなかったのかもしれないなと

思うと、私があの時、自分が感じていた違和感と一緒にいられなくなり、

引っ越し、子どもの転校を選択をしたことは、間違ってはいなかった、

それでよしなのだと思えました。

 

自分の違和感に対処したことが、子どもにも影響していて、子どもにとってもよかったのだとホッとしたのでした。

 

式が終わり、子どもたちは担任の先生とのお別れを惜しみ、涙、涙の先生。

5年生、6年生、持ち上がりでお世話になった松岡修造みたいな熱血な担任の先生にも

子どもとたくさん日記を通して会話をしていただき、彼女が自分の人生を生きることに、親以上にフォローしていただいたと思います。

 

本当にこのクラス、この学校を卒業させていただき、私も感謝でいっぱいです。

たくさんお世話になり、ありがとうございました。